知恵と心を売るソフト産業へ
〜CMは建設産業の経営改革の手法〜

 

小菅 哲

工業の限界が不況の原因

私はCMをビジネスとは考えていない。「CMは不況時における会社経営の変革である」、「CMはCMrの知恵と心を売るソフト産業であり、物を売る産業ではない」、「CMは有料のボランティアである」と考えている。

まず「なぜCMは不況時における経営の変革なのか」を考えてみたい。

現在の日本は大不況下にある。その原因は工業の行き詰まりである。建設産業も工業だから不況なのである。国内市場には工業製品がだぶつき、価格を下げても物が売れない。海外市場に活路を見出そうとしても、日本国内で生産される工業製品は価格が高く、国際的な価格競争を勝ち抜けない。

もし工業製品の価格を下げることができたとしても、景気回復は難しい。その先には人口減少という恐ろしい事態が待っているからだ。人口が減れば、各種産業は縮小せざるを得ない。どうみても、工業によって景気を回復するのは至難の業である。

欧米や日本の工業が行き詰まりを見せ始めたのは1960年代末である。欧米はいち早く経済システムの転換を図ったが、日本はバブル景気に浮かれて工業の行き詰まりを見過ごし、改革の時期を逸してしまった。その結果、大不況に落ち込んでしまったのである。

米国では行き詰まった工業に代わって情報産業が生まれた。欧州では今、環境産業が盛んに研究されている。しかし、日本では工業の次にどのような産業を興すかが決まっていない。このままで景気を回復しようと努力しても、回復するはずがない。

PM型経営で閉塞状態を打破

日本の景気を回復するには、工業に代わる次の産業を考える以外に道はない。同時に従来の生産組織型経営を改革し、経営システムをデフレ向きのPM(Project Management)型経営に変えなければならない。

今注目されているCM(Construction Management)とは、Project Management in Construction、つまり、建設をPM型経営の方式で動かす手法である。

PM型経営は、生産から切り離されたプロジェクトチームが事業の目的を把握するところから始まる。

次に目的に応じて、マネジメントプランをつくり、建設事業であれば、建設にかかる費用、時間、材料的な品質を事業のスタート前にセッティングする。

事業がスタートした後は、アンノンファクターに対してプロジェクトマネジャー(以下、PMr)が的確に指示および命令を出していく。

PM型経営の組織では、会社の中にいくつものプロジェクトチームがあるのが特徴である。各プロジェクトチームにはPMrがいて、その下に業務を進めるのに必要なスタッフがいる。PMrはトップマネジャーと直結し、各スタッフは横並びである。つまり、人間関係が重層構造に並ぶことはない。

また、各プロジェクトチームは、プロジェクトの目的に合わせて生産組織群を選択し、下に生産組織群を持たない。必然的にPM型経営では、生産と管理が分離する。

PM型経営は「改革型経営」

PM型経営の特色はたくさんある。まず、縦の人間関係がなく組織も小さいから、新しい発想が生まれやすい。プロジェクトチームごとに目標を設定するため、目標が多様な分野に広がり、業務改革や事業開拓も行いやすい。

また、PM型の組織は基本的に臨時組織であるから、伸縮自在である。構成員は個人の能力が大きなファクターであり、多様なプロ集団ができるのも特徴である。

つまり、生産組織型経営が「量産型経営」であるのに対して、PM型経営は「改革型経営」なのである。

建設産業の安定こそが眼目

繊維産業や自動車産業に代表されるように、日本の企業経営でも生産と管理の分離が始まっている。しかし、いまだに日本の建設業界は生産と管理を分離できずにいる。

生産組織型経営を改革しないどころか、政府の景気回復策に期待する他力依存の姿勢を改めようともしない。経営が苦しくなるのは当然である。

米国では1960年代後半から工業の行き詰まりとともに不況に陥り、建設業界の過当競争を引き起こした。一括請負方式による大きなリスク負担が建設業界の経営内容を圧迫し始めた。その時に、米国の建設業界はCMを導入し、生産と管理を分離するPM型経営へと転換したのである。

一括請負方式による工事費は、経費、純利益、外注費の3つで構成される。インフレで景気のよい時代は、この3つの合計にさらに上乗せした額を工事費として請求できた。しかし、デフレの時代はその余裕がない。ようやく外注費に届く程度の金額を発注者から指値されることになる。それでは、元請けのゼネコンか下請けのサブコンのどちらかが利益を削るか、あるいはどちらかが倒れるしかない。それが日本の建設業界の現状である。

日本の建設業が生き残るには、生産組織型経営の価格体系を改めなければならない。そのための手法がCMである。

管理と生産を分離し、管理するものは一括請負方式における経費と純利益の分をきちんと手にし、生産にあたるものは外注費の分をきちんと手にするための手法なのである。

つまり、CMは「価格破壊の手法」ではなく、「価格安定の手法」である。

インフレのときは手に入れる額が減るかもしれないが、デフレのときは逆に上がる可能性もある。価格を安定させることで業界の安定を生み出すことが、もっとも重要なのである。

建設業界は収益が安定し、発注者は価格の適正化と透明性が保たれることで喜ぶ。そうしてCM方式は世界に広がっていったのである。決して価格が下がるから広まったのではない。

CMは知恵を売るソフト産業

CM方式の工事費は「コスト+フィー」である。PM型経営に移行して組織の単位を小さくし、その小さな組織をフィーで売っていくのである。

PM型経営に移行して管理と生産が分離したとき、業務として行えるのはCMだけではない。管理部門にはさまざまな業務を行える可能性が生まれてくる。つまり、ものを売るのではなく、知恵を売るソフト産業が誕生する。それが行き詰まった工業の後を埋める新しい産業である。

「CMは新しいビジネスをつくり出す手法ではなく、不況時における経営改革の手法である」というのは、こうした理由からである。

国土交通省は今年、CMに関するガイドラインを発表した。その中で、CMはものを売るのではなく知恵や心を売る産業であり、発注者とCMrは信頼関係で結ばれなければならないことが強調されている。また、発注者の資産を預かるCMrは、高い倫理性が要求されることも明記されている。

ガイドラインが述べているように、日本人がCMに期待するのはコスト削減や性能向上の問題ではない。真に求めているのは心の問題である。

性能表示を行うマンションが出てきたが、建物の性能と価値は異なる。そのマンションがどうしても欲しい人は倍の値段を出してもいいと考えるだろう。「耐震性が高いから、価格も高い」という時代は終わった。これからは建物の価値を求めていく時代であり、それを実現するのがCMである。

感謝される産業へ

生産組織型の物づくりの産業は、目の不自由な人のために、横断歩道に音の出る信号機を取り付けてお金を頂戴するようなものである。

それに対してPM型経営の産業は、目の不自由な人の手を引いて道を横断させ、サービスによってお金を頂戴するのである。

そこでは、手の引き方の上手い下手が問題になる。うわべではなく、目の不自由な人の心の底まで理解したうえで、気を配って手を引いてあげられなければならない。それによって高いお金を頂戴するのであるから、有料のボランティアである。

音の出る信号機は続々と増え、必要な場所にはほぼ取り付けが終わった。まさに工業化の行き詰まりである。もしも音の出る信号機の産業を成長させようとするなら、道路を増やすしかない。現在の不況対策はそのような観点で議論されている。

しかし、もはや道路を増やせる時代ではない。道路を増やして音の出る信号機を設置するのに代えて、目の不自由な人の手を引き、感謝されるマネジメントの産業を興すべきである。それがCMなのである。

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